仕事はお客様から始める
私は、福井県越前市で50年続く税理士法人上坂会計の2代目です。
同時に、会計・経営・人事労務管理・FP・ITの分野で事業を展開する上坂会計グループの代表を務めています。現在は、日本とカンボジアであわせて7つの法人を経営しています。「なぜ、会計事務所がこんなに多方面で事業を展開しているの?」と疑問に思われるかもしれません。
そこには、ある人との出会いがあります。
「会社の真の支配者は、お客様である」
これは、日本の経営コンサルタントの第一人者であった故・一倉定先生の教えです。
私がこの言葉に出会ったのは、公認会計士の資格を取り、父の営む会計事務所で本格的に働き始めたころでした。
当時の上坂会計は、日々の取引を所定の帳簿に記帳し、それにもとづいて申告する「記帳申告」業務しか請け負っていませんでした。そのため、私が数字のチェックと署名をすれば、あとは他の社員でまわる仕組みになっていたのです。
それが私には物足りなかった。でも、何をすればいいのかわからず、もっとお客様を増やそう、社内の仕事の仕組みをつくろうと、やみくもに試行錯誤を繰り返します。毎日を忙しく過ごしていたものの、空回り感を拭いきることができず、もやもやした日々を送っていました。
ある日の夜中2時。急に目が覚めて眠れなくなり、ふと隣ですやすやと寝ている子どもを見たときに「自分はなんのために仕事をしているのだろう」と思ったのです。
それから、さまざまな経営セミナーに参加しました。
しかし、どれも本で読んだことがあるような内容ばかりでピンときません。そんなとき、一倉定先生に出会ったのです。セミナーに参加したのですが、「企業の中で起こったことは、すべて経営者の責任」「すべてはお客様からスタート」など、その内容に衝撃を受けました。
後日、一倉定先生の著書『経営戦略』を大阪の大手百貨店で買って電車の中で読んでいたら夢中になってしまい、鯖江駅で降りるべきだったところを金沢駅まで行ってしまったほどです。
あれから30年。「お客様の経営に関する困りごとをワンストップで解決したい」との思いで、事業を拡大してきました。しかし、ここまでの道のりは決して順風満帆ではありませんでした。
背中を押してくれた母の言葉
父の事業を継ぐことを決めたのは大学4年のときです。就職活動中に父から「話があるから一度帰って来い」と連絡がありました。
福井県の実家に戻ると、父は家業について詳しく説明をしたうえで上坂会計の申告書を見せてくれたのです。当時、都銀や一流企業でも、新卒の月給は約10万円が相場でした。しかし、父の収入はそれよりもはるかに多かったのです。その金額を知って、会計事務所の仕事ってすごい、福井に戻ってこようと、急に考えが変わりました。まったく現金な話です。
大学が商学部だったこともあり、多くの同級生はゼミの先輩を頼り、金融機関への就職を決めていました。私もその流れに乗るつもりでしたが、銀行に入ることへの強い思いもなかったので、福井に戻って税理士の勉強をすることにしました。
1980年に大学を卒業してからは、上坂会計で働きながら独学で試験に臨みました。しかし、2年経っても1科目も合格することができません。このままでは一生合格できない。そう考えた私は「2年だけ面倒をみてほしい」と、父に頭を下げて大阪市の専門学校に通わせてもらいました。
その効果は絶大で、1年間で税理士の試験科目の3科目に合格します。この調子なら来年には資格取得できるだろうと先が見えてきたとき、父が「公認会計士をめざしてみないか」と言い出しました。調べてみると、より専門性が高く、税理士と同じ科目もある。今年3科目受かったし、この調子ならやれる。そんな根拠のない自信が湧いてきて、父の提案を受け入れることにしました。
ところが、いざ勉強を始めると、簿記論も財務諸表論も領域がまったく違う。このとき初めて、ゼロから勉強しなければいけないことに気づきました。
そして次の年、試験に落ちるのです。
面倒をみてもらうのは2年の約束だったので、実家に戻って上坂会計の仕事を手伝いながら勉強して、翌年の試験に臨みました。それが、またしても不合格。このときはさすがに円形脱毛症になるほど悩みました。
ある日、「もう、公認会計士は諦めて税理士に戻そうかな」と、ポロッと口から出てしまいます。それを聞いた母は、「あんた何言ってんの。20代のころの2年や3年、後から考えたら全然問題ないわ。会計士めざせ!」と尻を叩かれました。この言葉に奮い立ち、次で最後と腹をくくって挑んだ結果、ようやく公認会計士の二次試験に合格することができました。母の言葉がなかったら、きっと諦めていたと思います。
公認会計士の三次試験の受験資格を得るためには実務経験が必要です。そのため、大手の監査法人に入所。31歳のとき三次試験に合格し、公認会計士の資格を取得しました。
百折不撓第一弾
あなたの知らない意外とイケてる起業家の告白
発売日 : 2024年5月16日
単行本(ソフトカバー) : 200ページ
企画:22世紀アート
編集:百折不撓編集委員会
出版:日刊ゲンダイ
発売:講談社