top of page

飲食業を「憧れの職業」にする

外食企業では7%あればよいとされる利益率を、全店舗平均で25%を叩き出す。いま注目を集めている。これまで15社以上の再生を行い「横浜家系ラーメン壱角家」「山下本気うどん」「肉寿司」などのブランドを確立してきた。


代表取締役社長 川島 賢
1971年生まれ。高校卒業後、就職せずにフリーター生活を送る。その後、25歳で起業。カラオケ事業の再生を皮切りに、次々と不採算事業を買収・再生し、黒字化を実現。

外食事業、利益率No・1をめざす


 7%。これは、外食企業の利益率の平均です。しかも、上場を果たしている会社です。正直、かなり低い。それにも関わらず、飲食業界では利益率が7%あれば、よいほうだと言われています。大手飲食チェーンの中でも、10%に到達している会社は、ほんの一握りです。
 一方、株式会社ガーデンの利益率は、中核事業であるラーメン事業の店
舗平均を例にすると、およそ25%です。「横浜家系ラーメン壱角家」など、ガーデンのトップクラスのブランドの中には、単月約45%という数字を叩き出しているところもあります。世界中からラーメン好きが訪れる大手豚骨ラーメン店でさえ、国内店舗の利益率は5.4%です。
 
基本的に、私は新しく飲食店を出店する際に、30%の利益率をめざしています。そのため、ガーデンの利益率の平均値25%は、むしろ「失敗」なのです。30%で「まぁ、よい」、40%で初めて「やったな」と思います。ちなみに、一般的な飲食店は10%を出せたら「バンザイ」です。
 2023年現在、日本の外食企業で、利益率NO・1の会社は名古屋発祥の「コメダ珈琲店」です。コメダ珈琲店が強い理由の一つは、フランチャイズ加盟店を全国展開していることだと考えています。フランチャイズはオーナー側が店舗開設費の一部を負担したり、店舗を拡大すればするほど商品の量産体制も整ったりと、効率的な経営ができるので、高い利益率を見込めます。2023年現在、コメダ珈琲店の直営店は、1000店舗以上あるうちの、およそ5%ほどです。
 ですが、ガーデンは200店舗中、フランチャイズ店は50店舗前後で、他はすべて直営店です。そのため、業界の人に当社の利益率を話しても、なかなか信用してもらえません。
 私は、高い利益率を獲得することに一切妥協しません。「冷徹」「数字の鬼」と言われても、気にしません。なぜなら、数字がこの業界を変える一つの鍵になると信じているからです。2025年までには、当社が外食企業で利益率第1位になると思っています。
 でも、ここに行き着くまでに本当にいろんな失敗をしてきたし、「もうダメかも」と思うことだって、何度もありました。
 それでも、私は自分を変えてくれた外食事業に感謝しています。今回は、そんなお話を綴れたらと思っています。


高卒、フリーター……成功する要素は何もなかった


 高校を卒業後、私はのらりくらりと生きていました。定職にも就いていない、フリーターだったんです。
 20歳のころ、好きな女の子がいました。あるとき、彼女が留学へ行くことになりました。引き止めたかったけど、できませんでした。後日、彼女から手紙が届きました。「もっと、広い世界を見たほうがいいんじゃないの?」と。
 当時、アルバイトとは別に、知人の会社の立ち上げを手伝っていました。寝ずに仕事に取り組むことはあったけれど、いわゆる熱意なんていうものは持っていませんでした。けれども、彼女の留学、そして手紙の一件から、仕事に対する考えが変わったのを覚えています。
 20代の時点で、知人の手伝いを含めると、6社ほどの起業を経験しました。医療、通信関係と、業種もさまざまです。時には、元博報堂の社員が立ち上げた、広告代理店から仕事を受注することもありました。
 その代理店のつながりで、不動産会社と知り合うことになりました。そしてあるとき、不動産会社から不採算のカラオケ店を譲り受けたんです。2000年ごろのお話です。
 通常、カラオケ店は機材や建物など、1億円から2億円ほどの初期投資がかかります。けれども、幸運にも私はそれを、ゼロ円で引き継ぐことになったんです。つまり、投資回収をする必要はありません。当時、周囲には「シダックス」や「ビッグエコー」など、大手カラオケチェーンが存在していました。しかし、無料でもらった店には借金がないので、大手カラオケ店より価格を下げるのも容易でしたし、売り上げは、ほとんどそのまま利益になりました。
 基本的に、日中の客室使用料金はゼロ円で、深夜だけ1時間につき380円前後の料金を設定していました。ドリンクも、1杯目は無料です。そのかわり「2杯目以降も、たくさん注文してくださいね」という形で、例えば烏龍茶などのドリンクを350円ほどで提供していました。烏龍茶って、原価率が10%くらいなんです。それだけでも十分もとがとれ、経営が成り立つわけです。
 しかも、人件費は自分が働いてしまえば抑えられます。お店から徒歩2分のところにアパートを借りて、朝10時くらいから、日付が変わった明け方4時くらいまで働いていました。社員は私だけ。あとは、アルバイトを雇って補っていました。
 本当に単純なことしかしていないのに、引き継いだときは、毎月の売り上げが100万円程度だったのが、ひと月で300万円になり、半年後は1000万円を超えました。
 その後も不採算のカラオケ店をどんどん買い取り、店を再生するビジネスで、3年間で年商10億円、10店舗まで展開するに至りました。新店舗を新たに建てるわけではなく、買い取った物件の設備や内装をそのまま利用する、いわゆる“居抜きビジネス”です。現在では、大手カラオケチェーンの「まねきねこ」が、同様のビジネスを展開されていますね。

 こうして急成長を遂げたわけですから、世間から多少なりとも注目が集まります。そのようなとき、取引銀行からステーキ店を経営している会社を紹介されたんです。これが、ガーデンが外食事業に参入するきっかけとなりました。
 事業譲受の話があった際、店へ行ったのですが、それはもうひどい状態でした。ショーケースはぼろぼろだし、掃除も徹底できていない。夜、店先の電気はついていないし、営業終了時間前に、従業員が勝手に店を閉めて、帰ってしまっていたんです(笑)。
 ところが、このような状態でも、引き継ぐ前の時点で多少の黒字が出ていました。だから「損をすることはないだろう」と思い、購入を決めました。
 それからは、お店はきれいにしましょう、電気はつけましょう、営業時間は守りましょうと、本当に当たり前のことをやっただけです。それだけで、このステーキチェーンは、最終的にはもともとの数字から2倍ほどの利益に成長しました。
 そもそも、私は失敗しないものしかM&A(企業の合併・買収)しません。これは、創業から20年以上たった現在でも同じです。

 

「冷徹」と言われても構わない
 

 その後も、牛丼、ラーメンなど、さまざまな事業を買収し、再生していきました。インパクトがあったM&Aの一つが、当時、焼いた牛肉をご飯に乗せた「焼き牛丼」で人気を博していた「東京チカラめし」の買収です。
 東京チカラめしは2011年に1号店を東京の池袋にオープン後、テレビや雑誌などのメディアに取り上げられ、瞬く間に有名になりました。最盛期には134店舗にまで拡大していました。
 話題性はあったのですが、訪れる客は「一見さん」がばかりで、なかなかリピーターの獲得には至っていませんでした。
 M&Aの際、売り手企業の損益計算書や貸借対照表という企業の財務状況をまとめた資料に目を通します。東京チカラめしは新規出店の際、最初の3か月は1000万円以上の売り上げを出していました。そのため、50店舗、100店舗と、どんどん店舗展開を進めていました。けれども、5か月後には1000万円が200万円に落ち込んでいたんです。もう、大赤字です。ガーデンが買った63店舗は、毎月の赤字がトータルで8000万円くらい出ていました。
 そのため、東京チカラめしを買収すると発表したとき、取引している銀行から「あんな牛丼店を買って、どうするんですか」なんて言われました。翌日には、私の携帯電話はパンク状態です。友人、仕事関係の人、古くからの知り合い……。あらゆる人から着信やメール、LINEといったメッセージが入っていました。忙しかったので、どれも出なかったんですけれど。それほど、東京チカラめしを買収すること自体の話題性が強烈だったのです。
 東京チカラめしは一等地に店を出していたので、他にも「買いたい」と名乗り出ていた会社が複数ありました。例えば、大手焼肉チェーンの「牛角」などです。けれども、彼らはスピードが足りませんでした。
 先のステーキ事業の買収の際もそうですが、私は損益計算書や貸借対照表を見て、この企業はいま、どれくらいお金に困っているのかを確認します。M&Aの話が来てから見る、というより、日頃からチェックしているため、情報は常に把握しています。
 そのため、売り手企業が「3000万円で売りたい」と言っていても、「先方は2000万円に値下げしてでも売却したいはずだ」とわかれば、強引に押し通します。買って、成功しなければ、意味がありませんから。売り手企業も、たとえ3000万円が入らなくても、2000万円あれば存命できます。でも「買いません」となれば、それで終わりなんです。時々「冷たい」と言われますが、意外と「Win―Win」なんですよ。
 そういうわけで、東京チカラめしも、なるべく早くお金が必要であることがわかっていました。だから「うちは、明日でも現金で支払いますよ」と言ったんです。そうして、当社が63店舗を引き継ぐ形となりました。
 けれども、そのまま牛丼店を継続するつもりはまったくありませんでした。当時、ガーデンは横浜発祥の豚骨醤油ベースのスープと、太いストレート麺が特徴の「家系ラーメン」で成功していました。トップブランドの一つ、壱角家です。
 いまは移転していますが、その1号店は地下に店舗を構えていました。場所は新宿ですが、人気中華チェーンの「熱烈中華食堂日高屋」ですら、撤退したテナントでした。決して、条件はよくなかったんです。けれども、当時で東京チカラめしの3〜5倍の売り上げを出していました。この結果から「家系ラーメンは、かなり期待できる」ということがわかっていました。だから、東京チカラめしを買収したら、その跡地で壱角家を全国に一斉展開しようと思っていたんです。
 牛丼とラーメンは店のつくりが似ていて、厨房やカウンターなど、改装で手を入れるところはほとんどありません。看板や壁などの表面の仕上げをちょっとだけ変えて、改装費もそれほどかけず、60店舗ほどを一気に業態転換しました。予想通り、これがうまくいき、8000万円ほどあった赤字は半年でゼロ。2023年現在は、家系ラーメン全体で年間15億近い利益を見込んでいます。

 

「1番おいしい」にこだわらない理由


「明太子が入った、白いクリームうどんとか、やってみませんか」

 ある社員の発言をきっかけに、商品の大ヒットにつながったのが、2017年に再生した「山下本気うどん」です。
 山下本気うどんは、元芸人のオモロー山下さんが立ち上げたうどん店です。山下さんは香川県ご出身で、名店「うどん慎」でも修行を積まれた、実力派です。そのため、当社がライセンス契約を結んだ後も、ノウハウに従い特別な仕掛けをつくることもなく、3年ほど淡々と営業を続けていました。
 ところが、あるときから、日本で大ヒットしている有名ダンスグループのみなさんが頻繁に訪れ、SNSなどで紹介してくれたんです。
 同時期、当社の社員が先述の「白いクリームうどん」を発案し、「白い明太チーズクリームうどん」が誕生しました。白い明太チーズクリームうどんは、明太子と出汁を絡めたうどんの上に、それらが見えないくらいにたっぷりのクリームを絞った逸品です。これがSNSでヒットし、写真を撮りたいお客様がたくさん訪れました。
 さらに同時期、人気YouTuberも出前をよく頼んでくれるといったことも重なって、相乗効果でどんどん宣伝になりました。

 ちなみに、私はあまり商品開発に口出ししません。事業部署が「おいしい」と判断すれば、それでよいと思っています。私は、数字しか見ていません。そのメニューがきちんと利益につながるのかはしっかりと確認しています。
 けれども、“素人意見”が役に立った場面もありました。例えば、先の壱角家の例です。あるとき「スープをそれぞれの店で作るのは、やめよう」と言ったんです。ラーメン業界からすれば、少し常識外れなことかもしれません。
 壱角家を手がける前にも、ラーメン事業を買収し、再生したことがありました。売り手企業は、10店舗ほどある店のスープをそれぞれの職人に作らせていました。けれども、ラーメンは職人に腕がなければ、たとえ店で一からスープを炊いてもおいしくなりません。手を抜く人だっていますし、職人が休みの日だってあります。そのため、買収した10店舗のラーメンを食べ比べてみたところ、味にムラがあったんです。腕利きの職人がいる店のラーメンはおいしいけれど、はっきり言って、まずい店もありました。
 そもそも、ラーメン職人は一人前になるため、長い年月をかけた修行が必要な世界です。作る人によって味に差が出てしまうのは当然のことでしょう。職人一人ひとりを一人前にして、それをチェーン展開しようとなると、何年もかかってしまいます。1店舗ごとに作っていては、水道光熱費や、人件費も発生します。
 そのため、壱角家では、“もっとも腕のよいラーメン職人の味”を広げられなくても、アルバイトでも再現できるような工程を開発し、味の均質化をめざしました。
 飲食店を出すうえで、おいしいものを提供することは当然です。けれども、ガーデンは「隣の駅に移動してまでもお越しいただけるような店」をめざしているわけではありません。食べたいときに気軽に立ち寄れて「あそこへ行けば、いつでもあの味が楽しめる」と、安心してもらえるような店を展開しています。
 そのためには、全店舗のクオリティを統一することが欠かせません。頻繁にお越しいただくには、駅前であること、利便性がよいことも外せない条件です。このような積み重ねが、やがて「ガーデンならでは」のブランド力を高めてくれると考えています。
 だからこそ、確実に一等地をとらなければいけません。東京チカラめしを、すぐに買い取ろうとしたのはそのためです。買収後、たった半年間で同店のほぼすべての店舗を、壱角家に業態転換しました。結果、壱角家はガーデンのトップブランドに成長し、飲食業界では異例の利益率単月40%を叩き出す店舗も続出しました。
 こういったガーデンの状況を見て、時折、大手牛丼チェーンなどが家系ラーメンに参入しようと、新店舗をオープンさせています。けれども、なかなか店舗数が伸びていません。
 理由は明瞭です。都内の一等地は、すでに壱角家が占めてしまっているためです。ガーデンの手法で家系ラーメンを成功させるためには、味、そして立地といったバランスを、すべて網羅しなければならないのです。もちろん、牛丼店をラーメン屋に変えるなどすれば、向こうにも勝算があるかもしれません。けれども、わざわざうまく行っている牛丼店を閉じてまで、冒険する理由はないでしょう。
 東京チカラめしの買収で好立地を得たこと、そして、それを一気に家系ラーメンに変えたことで、他社が入りにくい状況ができあがったのです。

 

立地から考える価格戦略


 高い利益率を得るためには、立地だけでなく、いかに原価を低くするかも考える必要があります。原価を抑える方法は二つあると思っていて、一つは業者との交渉。そしてもう一つは価格を上げることです。シンプルですね。
 価格を上げられたら、人件費や水道光熱費の率も抑えられます。値上がり分はすべて利益となります。
 一方、多くの企業はなかなか値上げに踏み切れません。価格を上げるのは、基本的に会社のトップの決断でしかないと思っています。そのような責任を、従業員がとることはできません。
 値上げの際に大切なのは、何十円の差をどう決めるのかといったテクニック的なところと、タイミングです。私はこれを、カラオケ店で試すことができたのは大きかったように思います。
 大手企業が1時間680円で打ち出していたころ、私は料金を480円に設定していました。それを380円にしてみると、客数が約2割上昇したんです。さらに280円にすると、お客様は増えたのですが、利益率は下がりました。思い切って、あるとき180円にしたところ、予想に反して客数は横ばいになりました。
 ここまでは値下げの事例ですが、高くしたこともありました。380円を399円という具合です。けれども、お客様はまったく減りませんでした。19円の差で客数は変わらず、1か月間で利益は数百万円増えました。これらの経験から、値上げ幅と時機についての感覚は身についたと思います。
 そして、値上げができるところでは、ぎりぎりまで価格を上げます。当社は季節や場所によって価格を変動させるダイナミックプライシングを導入しています。ハロウィン、クリスマスといったイベント時や、渋谷や原宿など、インバウンドが多く訪れるところでは、他店舗より価格を高くします。海外からの旅行者は値段をあまり気にしないと言いますか、 今の価格はむしろ安すぎると感じると思います。そのため、このような店舗を値上げしても問題ないのです。
 当然、日本に住んでいる、日頃から常連のお客様もいらっしゃいます。そのような方々は、渋谷や原宿ど真ん中の店ではなく、周辺の店舗を利用すれば少し安いということをご存知だと思います。
 このようにして、当社のラーメン事業は飲食業界で驚異的な利益率平均25%という数字を叩き出しているのです。
 昨今の物価高で、飲食業界だけに限らず、さまざまなものの値段が上がっています。ある意味、これは値上げができるチャンスでもあると考えています。
 しかし、そのような中でも「当社は価格を据え置きます」という企業もあります。もちろん、それも間違いではありません。
 先述しましたが、値上げのコツはいくらにするのかというのと、タイミングです。特に後者を逃し、適切でないときに価格を上げてしまったら、お客様は一気に離れます。


思い上がっていたカラオケ事業時代


 ここまで、当社の戦略や利益率の高さについて散々謳ってきましたが、恥ずかしながら、潰れそうになったことは何度もありました。
 忘れられないのが、カラオケ事業を始め、多店舗展開をしていたころのできごとです。
 不採算のカラオケ店を買い取り、その物件の設備や内装に手を加えず活用する、居抜きビジネスで利益を得ていたことは、お伝えした通りです。
 当時、並行して外食事業も進めていました。カラオケだけでも年商10億円に到達していました。そのため「最年少上場を狙おうか」などと、思い上がっていました。
 居抜きだからうまくいっていたのに、あるとき、調子に乗って、備品や内装ができていない物件までも買い取り、新規店舗をどんどん出店してしまったことがあったんです。
 いまでこそ、自分なりの出店成功パターンをつかめていますが、当時はそのようなものなんてありません。すぐに資金繰りが怪しくなりました。不動産会社と新店舗の契約をしているのに、手元にお金が残っておらず「すみません、払えません」と電話をかけて、相手をフリーズさせてしまったこともあります。
 このような状態ですから、資金もショート寸前でした。そのため、とにかくお金が必要だと、近くの大手銀行にアポイントも取らず、突撃しました。「私の会社は、まもなく潰れてしまいます。今月でお金がなくなるんです」と。迷惑な話です。
 一般的に「潰れる」なんて言っている会社にお金を貸す銀行はありませんし、突然押しかけてきた怪しい客ならなおさら、門前払いです。ところが、担当の方は支店長につないでくださり、1億円を借りられることになったんです。
 聞けば、支店長は商業高校を卒業後、すぐに働きはじめ、支店長の座にまで上り詰めた人だそうです。私も高卒です。ご自身のこれまでの苦労と、私の姿を重ね合わせてくださったのかもしれません。担当の方は「支店長は、君を助けたいらしいよ」とおっしゃっていました。
 しかも、その後も支店長からお電話をいただき「1億では足りないでしょう? もう1億、追加しようか」と、最終的には2億円を借りられる形となりました。
 はじめの融資の際、支店長にかけてもらった言葉を、いまでも思い出します。

「君の原点は、不採算のカラオケ店の再生だから、まずはそこに戻りなさい。そしてこのあと、周りにお金を貸してくれそうな人がいても、絶対に借りてはいけません。そういう人は、君の会社の業績がぐんと伸びれば、途端に乗っ取ろうとしてくるから。反対に、悪くなれば、見放すのも早いんです。そういう意味では、銀行のお金が一番安い。自由に経営ができて、コントロールされることもない銀行のお金が、もっとも安全なんです」

 このお話があったからこそ、私はこのあとも銀行以外からお金を借りることはありませんでした。支店長が言うように、もし、他の人からお金を借りていたら、私はいま、ガーデンにいないかもしれません。

 このころ、私を助けてくださった方が、もう一人います。それは、カラオケ店の機材の貸し出しをしている、埼玉県のアルコという会社の社長です。
 居抜きビジネスだったため、基本的に、買収後も店の内装には手を加えていませんでしたが、機材は常に最新のものを入れるようにしていました。ただ、購入はせず、毎月レンタルという形でお借りしていました。
 取引のなかった大手銀行にお金を借りに行くくらい資金繰りが苦しかったので、少しでも支払いを待ってもらえないか相談するため、アルコにも駆け込みました。
 はじめ、社長は「何をしに来たの」と笑っていました。いま思えば、社長はこの時点で、何か気づいていたのかもしれません。
 私は、申し訳なさと、後ろめたい気持ちでいっぱいでした。それでも、お金が本当に足りないこと、銀行にも相談をしていることを伝えました。今後の収支計画をまとめた試算表も持参していました。けれども、社長は試算表を一切見ることなく、

「川島君、それで、あといくら足りないの?」
「どうしても、2000万円が……」
「2000万円あれば、君は助かるんだね?」
「はい……」
「いいよ、レンタル料から引いてあげる」

 2000万円は、当時の価格で約8か月分の支払額に相当します。社長からすると、入るはずだったお金が、丸々なくなります。それを、その場で即決してくださったのです。
 しかも、翌年以降も、その2000万円を請求されませんでした。社長に尋ねても「応援しているよ」の一言です。
 それからは、会社を大きくすることで少しでも恩返しがしたいと、経営に一層身を入れました。この2人がいなければ、いまの私はなかったと言い切れます。

 

リーマン・ショックで考えた、逃げ道としての「死」


 こうして会社はなんとか持ち堪えたわけですが、資金ショート寸前から約3年後の2008年、リーマン・ショックが起きました。
 当時、カラオケ店は20店舗、飲食店も10店舗以上に拡大していました。年商も10億から20億、そして30億と、毎年成長させていました。無理はしていないけれど、居抜きビジネスでもある程度の投資は必要となります。成長率が高かった分、銀行からの借り入れも多くなっていたタイミングでした。
 リーマン・ショックが発生しても、カラオケの業績自体はそれほど悪くはありませんでした。けれども、このような景気が低迷するできごとが起きると、銀行側の財務状況が悪化しやすくなります。銀行としては、融資額を減らして自己資本率を上げ、財務状況を改善しようとします。そのため、融資の減額や取りやめ、返済期限の到来前に返済を迫るなど「貸し剥がし」が発生します。
 案の定、私の会社にも降りかかってきました。
 予定していたお金が入らない。でも、店舗は3年前の倍以上になっているし、従業員も増えている。順調だった会社が突如、倒産目前になったんです。
「ここまで来て、潰れる……?」最悪の事態を想像しました。当然のことですが、経営者として倒産は絶対に避けたい。従業員に顔向けできないし、取引先にも頭を下げに行かなければなりません。それって、めちゃくちゃ格好悪い。しかも、ちょうど両親に家を建ててあげたタイミングだったんです。喜んでくれた親に「家を出てください」とは、到底言えません。
 選択肢の一つとして、利益が出ている店舗を売るというものもありました。一時的にしのげることはわかっていても、それもしたくないと思っていました。これまで10億、20億、30億と元気のあった会社のよい店舗だけ売って、残りを細々と経営するなんて、これまた格好がつきません。器用な人であれば、一度手放しても他業種で再起業し、成功を収めることも可能でしょう。ですが、私が他のことをできるほど万能でないことは、自分自身が一番よくわかっていました。
 既存の銀行からは絶対借り入れができないし、これ以上話をしても無駄なことも理解していました。周りの経営者も、みんな苦しんでいたときでした。知人からお金を借りることもできません。
「もうダメだ」「ここまでなんだ」と、それからはすっかり、酒浸りになってしまいました。とにかく「嫌」なことだらけだったんです。
 自分には、死亡保険をかけていました。実際に、「死」が頭をよぎることもありました。当時、住んでいた新宿のマンションの10階から外を覗き、シミュレーションもしました。ただそれは、楽な道なんです。一瞬で、すべてから解放されますから。
 その次の瞬間には、酒浸りになりながらも「倒産しない方法」と、インターネットで検索していました。酒、シミュレーション、検索……。毎日、毎日、それらの繰り返しです。
 そうして1週間ほど過ごしました。しかし、いくら考え詰めても、やはり銀行に頼ることしか、生き残る選択肢はないんです。時間は、残りわずかです。できることは、とにかく実行するしかない。
 それからは、日本全国の銀行に片端から電話をかけはじめました。会えるところには、会いに行きました。地方銀行の状況なども調べ、お金を貸してくれそうな銀行をいくつか見つけられました。そのころには「この方法なら、いける」という感触もつかんでいました。
 そのとき、必要なのは2億円でした。3年前の、資金ショート寸前のときと、同じですね。100行以上の銀行に電話をかけました。
 結果的に、7行からお金を集めることができました。それぞれからの貸し付けは、3000万円前後と大きな金額ではありませんでしたが、合わせることで、合計金額は3億円にのぼりました。
 もともとの業績はよかったので、3億円も集まれば、メインバンクも動いてくれることはわかっていました。その思惑は予想通りとなり、こうしてガーデンは再び一命を取り留めたのです。

 

むしろ追い風となったコロナ禍


 2013年、私は社長を退き、会長になりました。社長を続ける目的を、一度見失ってしまったんです。ところが、その後会社が傾いてしまい、2019年に再び社長に戻りました。今度は、自社の再生です。
 その翌年、新型コロナウイルスのパンデミックが日本を襲いました。日本中の飲食店が打撃を受け、もちろん、当社も影響がなかったわけではありません。
 けれども、従業員の給料を減らすことはありませんでしたし、その時期でも、例年通り賞与も出していました。コロナ禍の中、ボーナスが支給された外食企業は、かなり稀だと思います。
 この理由の一つが、自社を再生する際に、大幅なコストカットをしたことだと考えています。本社も2フロアあったのを1フロアにしましたし、取引先との取引内容も見直しました。私が会長になっていたころ、後任の社長には秘書や専属の運転手もいましたが、そういうのはすべてなしにして、自分のことは自分でやりましょうというスタンスに変更しました。
 コストカットと聞くと、従業員は不安になると思います。自分たちの給料が減ってしまうのではないか、さまざまな制限が設けられ、働きにくくなるのではないか……。けれども、決してそのようなことはありません。赤字だった会社が黒字になれば、それは丸々利益となります。利益が発生すれば、それは給与や賞与という形で、ダイレクトに従業員に還元できます。
 実際、コストカットを始めて間もないころは、社内の雰囲気が少しギクシャクしていました。ところが、会社が黒字化し、それがボーナスという形で返ってくると、従業員の意識も自然と高まっていきました。最近では、お手洗いのペーパータオルに「1枚あたり、0・5円。使用は2枚まで」というような文言が貼り出されています。私が指示したわけでなく、従業員が自主的に始めたことの一つです。
 なお、当社は年間あたりの交際費は、ほぼゼロ円です。もちろん私も、交際費を使用することはありません。社内外問わずよく「社長は交際費をいくら使っていますか?」と聞かれるのですが、そのたびに「ゼロ円です」と答え、「えぇ!」と相手を驚かせています。従業員も頑張ってくれているので、当然のことだと思っています。
 このような風土ですから、日本中の飲食店が苦しんでいたコロナ禍の間も、それぞれが無駄を省き、原価調整などを行ったおかげで、一層コスト意識の強い会社になりました。
 実は、コロナ禍前に黒字化したタイミングで、
賞与をぐっと引き上げていました。社内の体制が整ったことで、コロナ禍中も、それを維持することができました。繰り返しになりますが、給与もカットしていません。


飲食業界に「刺さる」ことを願って


 一般的に、多くの外食企業では、得た利益を店の投資に回しがちです。けれども、私はそれではダメだと感じています。なぜなら、従業員の状況が一向によくならないからです。
 飲食業界だけに限らず「お客様を大切にしましょう」と掲げている企業があります。はっきり言って、きれいごとだと思っています。そのため、ガーデンでは日頃から「お客様を大切にするのではなく、まずは自分を大切にしなさい」と伝えています。
 冷静に考えてみてください。自分の給料が安くて、職場環境もよくない状況で、本当にお客様を大切にできると思いますか。反対に、お客様だけのほうを向いて、従業員が疲弊している企業は、果たして健全でしょうか。
 外食事業に参入した当初から、私はずっと疑問に思っていました。多くの飲食店で、ブラックな職場環境がまかり通っていたり、業績がよくても、従業員が疲れ切っていたり、それでいて、その状況を誰もが当たり前だと考えている。
 私は、商品開発といった部分は現場に任せています。しかし、数字、つまり、儲けを出すことにはとことんこだわります。なぜなら、利益が出ないことには従業員の給与も上げられないし、賞与も出せないからです。
 昨今はSDGsなど社会的意義が叫ばれていますが、そのような“いいこと”をするのは、利益が出てからの話です。利益率が上がることで、従業員の待遇もよくなるし、そこまで到達して初めて、社会に貢献もできる。あくまで数字ありきなんです。数字が出せないと、誰も幸せになれません。
 私が思い切って値上げに踏み切るのも、このためです。数字という結果が出ることで、従業員の待遇や職場環境が整い、本当の意味でお客様を大切にできます。お客様に喜んでもらおう、よいサービスを提供しよう、おいしいメニューを開発しよう……。すべて、後からついてくるものなのです。
 うれしいことに、最近ではよい循環ができています。会社が成長を続けることで、年収1000万円を超える従業員も増えました。新入社員も、人によっては賞与だけでも年間100万円以上出る人もいます。
 働く環境も、ずいぶん整いました。子どもを育てながら勤める従業員もたくさんいます。そのため、当社では子育て支援策や、子ども手当なども導入しています。そのほかにも、月に1回「プレミアムワークデー」というものを設けており、その日は15時くらいに帰ってもよいことにしています。
 給与やこのような制度を充実させることで、従業員が自ら、新たな人材を紹介してくれるケースも増えました。そのため、当社では採用にかける費用はごくわずかです。

 これまで、たくさんの会社を買収し、再生を行ってきました。私にとって、M&Aは仕事というより趣味です。「次はどこを買おうかな」と、常に情報をチェックしていますから、実際に話が舞い込んだ際に、迷うことはありません。東京チカラめしのときもすでに財務状況は把握していました。だからその時点で、何通りもの再生方法が頭に浮かんでいたんです。
 M&Aを行う際、そこに費やす労力は、大きい企業でも、小さい会社でも変わりません。既存事業を立て直すにしても、業態転換をするにしても、一から会社を立ち上げるのと同じくらい、体力がいる作業です。買収先の従業員のケアや、モチベーションアップも欠かせません。
 ガーデンは買収した企業の従業員を1人も解雇せず、すべての人を引き継いでいます。そのとき、たいていの従業員は「買収しやがって、この野郎」と言わんばかりに、私に反発してきます。悔しい気持ちがあるのだと思います。
 けれども、その後、会社の業績がよくなると、従業員の顔つきがみるみる変わっていきます。疲弊していた従業員たちが、目に見えて、みんな元気になっていくんです。この過程を見られるのが、M&Aの最大の醍醐味です。
 この仕事をしていて、もっともうれしいと感じる瞬間は、従業員が成長したときです。私は、人は必ず変われると思っています。「ダメだな」と感じるような従業員でも、ずっと言い続けるんです。100回とか、200回で諦めてはいけません。1000回、2000回以上繰り返し伝える必要があります。途中でやめてしまったら、そこで終わりなんです。言い続けていたら、その人にとって「刺さる」タイミングというものが必ず訪れます。これも、社長の務めだと思っています。
 そのため、メールや業務報告書に対する返信を毎日3〜5時間かけて行っています。こちらが本気で見ていれば、相手も真剣に報告してくれます。こうして同じ従業員と20年以上やりとりを続けていたら、報告時間や句読点の違いだけで、従業員の状態がわかるようになります。「言われすぎて、へこんでいるな」とか、毎日10時までに報告をくれる従業員が、ある日は10時をすぎて送ってきたとしたら「昨日は飲みに行ったんだな」とか(笑)。
 カラオケ店を始めたころ、M&Aに対する動機は、単純かつ不純なものでした。遊んで暮らしたい。いい家に住みたい。「すごい」と認められたい……。2000年代当時はライブドアの堀江貴文さんや、サイバーエージェントの創業者である藤田晋さんなど、現在でも著名な方々が脚光を浴びていました。「ヒルズ族」という、六本木ヒルズに住んでいる人や、そこにオフィスを置く企業の代表者、つまり「セレブ」を指す言葉があったのも、このころですね。
 そのような人と比べて、劣等感を感じることもたくさんありました。焦ることも、しょっちゅうです。周囲の人に「従業員が成長してくれないから、会社が伸びない」なんて愚痴をこぼしたことも覚えています。そのとき、その方に「ダメなのは、あなた」と言われ、むっとしていました。いまなら、この言葉の真意を理解できます。
 現在は、他社がどれだけ成長したからといって、そんなふうになりたいだとか、「どうしてうちは……」といった感情を持つことはありません。自分はこの会社で何ができるのか、従業員にどう還元していけるのか、ガーデンの目標や着地点だけを見ているので、そこに向かって進むのみです。
 最近、従業員から「一番変わったのは、社長だよね」と言われます。子どもも生まれたので、丸くなったのかもしれませんね。
 私は、外食事業に心から感謝しています。この業界に関われたからこそ、従業員に給与を支払えるし、職場環境もよくできたし、いまの私があります。つまり、私は外食事業に生かされているんです。
 とは言うものの、世の中のイメージはまだまだ「飲食業界=ブラック」です。従業員の待遇改善が、この業界の社会課題です。だからこそ、利益を出して従業員に還元し、みんなが幸せになれるような会社をガーデンがつくりたい。そして、そのよい循環を広げられたら、と思っています。それが、私なりのこの業界への恩返しです。
 いま、当社は2030年までに上場し、時価総額1兆円になることを目標にしています。外食業界上位には、日本マクドナルドや「すき家」や「なか卯」のゼンショーホールディングスなどがひしめきあっています。そんな有名企業と肩を並べるという目標に対して、「ふざけたことを言っている」と思う人もいるかもしれません。
 けれども、そこに到達する方法や道筋は、すでに頭の中に描かれています。あとは、自分、そして従業員を信じて突き進むだけです。

bottom of page